不妊症の原因と治療の進め方第1段階まず、問診により排卵期にタイムリーに性行為が持てないような状況がないかどうかをお尋ねします。夫婦いずれかに夜勤等の社会的因子があって、受胎の障害となっている可能性があれば、勤務シフトなどにより改善を図ることが必要でしょう。
射精後の精子の生存期間は約3日間(個人差があります)、卵子の妊孕能(妊娠できる能力)はわずかに半日とされていますから、タイムリーに性行為を持つことが極めて大切です。
初診時の検査データーにより基礎疾患が発見された場合は、それぞれの詳しい診断と治療を開始することになります。
高ロラクチン血症のある場合は、フローチャートに沿ってその原因が薬剤性でないか、甲状腺機能低下症でないか、脳下垂体腺腫でないかなどを系統的に調べていきます。
その他の基礎疾患がある場合は、内科などと連携して基礎疾患の治療を不妊症の治療と平行して行います。
基礎体温表や初診時の検査データーから排卵の有無や排卵回数を推測します。
排卵がない場合を無排卵周期症といいますが、無月経(月経が3ヶ月以上停止)・稀発月経(月経周期が39日〜3ヶ月未満)・頻発月経(月経周期が24日以内)などの月経異常に伴う場合と、見かけ上、普通の月経を認めていても排卵がない場合(無排卵性月経)があります。
月経周期が延長している稀発月経の人では、排卵があっても年間を通しての排卵回数、つまり妊娠の機会は普通の人の1/2〜1/3と考えられ、妊娠効率が悪いわけですから、無排卵周期症に準じて治療の対象となります。
排卵障害の原因と無月経の原因とは重なり合う関係にあり、視床下部性・脳下垂体性・卵巣性などが考えられますが、いずれにしろ排卵誘発を試みることになります。
クロミッド(クロミフェン)とセキソビット(サイクロフェニール)は排卵誘発の第1選択薬として広く利用されている経口薬です。エストロゲン受容体に結合して弱いエストロゲン作用を発揮します。 卵胞期初期におけるエストロゲンの視床下部への抑制作用(ネガティブ・フィードバックといいます)を遮断して、ゴナドトロピン放出ホルモン(GnRH)の分泌を促すことにより脳下垂体からのFSH分泌を亢進させ、卵胞発育のきっかけを作ることによっています。
クロミッドにはエストロゲン作用の他に抗エストロゲン作用を併せ持っているのに対し、セキソビットは抗エストロゲン作用を併せ持たないという違いがあります。したがって、抗エストロゲン作用を併せ持つクロミッドでは頚管粘液の減少や子宮内膜の菲薄化といった好ましくない影響が出ることがありますが、セキソビットでは逆に頚管粘液が増加したり子宮内膜が厚くなるといった好ましい影響も期待されます(Goto
et al. 2001)。ただし、排卵誘発効果はクロミッドに比べセキソビットでは弱い難点があります。
したがって、排卵を一応認めるが卵胞期(基礎体温低温相)が長く、稀発排卵と思われる人では、セキソビットがまず選択されます。多嚢胞性卵巣症候群や高LH血症などホルモン測定値に異常のある場合は、セキソビットの効果が期待できないので、はじめからクロミッドが選択されます。また、クロミッドによる数ヶ月の治療で排卵するものの妊娠に至らない場合は、頚管粘液・子宮内膜への効果を考慮してセキソビットに変更しなおすと妊娠に至る場合もあります。
プレドニン
多嚢胞性卵巣症候群の場合、月経周期2日目より副腎皮質ホルモンのプレドニン5mg(1錠)を10日間投与し、5日目よりクロミッドを5日間併用すると、プレドニンにより高アンドロゲン(男性ホルモン)血症が改善されるため、排卵率が高まるとされています。
温経湯
多嚢胞性卵巣症候群では、クロミッドに加えて漢方薬である温経湯(ウンケイトウ)を1日7.5g(3包)を3回に分けて食前に数か月間服用すると妊娠率の向上が認められています。
温経湯については、多嚢胞性卵巣症候群に限らずクロミッド単独投与よりも妊娠率が上がるとの報告(保條ほか、2000)もありますから、併用を試みる価値はあるものと考えられます。
hMG
クロミッドあるいはセキソビットで排卵が起こらない場合は、これらの内服終了後より超音波で卵胞計測をしながらヒュメゴンなどのhMG製剤150単位を1日おきに十分な卵胞成熟を認めるまで筋注投与します。この場合のクロミッドとセキソビットの使い分けも子宮内膜の反応を参考にし、子宮内膜の菲薄化がある場合はセキソビット+hMGの方を選択します。
hCG
黄体機能不全や黄体化未破裂卵胞の既往がある場合は、超音波卵胞計測・ホルモン測定・頚管粘液検査などから排卵期を推定し、適時に
hCG(ヒト絨毛性ゴナドトロピン)5000単位を筋注します。ただし、黄体化未破裂卵胞がすべてこの方法で解決されるというものではありません。
多胎率
セキソビットでは、ほとんど多胎率の増加はありません(自然周期の多胎率1%とほぼ変わらないといえます)。クロミッドでは、多胎率は5〜10%と増加が認められています。
奇形率・流産率
セキソビット・クロミッドとも増加はありません。
ただし、動物実験で胎仔毒性・催奇形性が指摘されていて“妊娠中には投与しないこと”となっています。妊娠を目的にして排卵を誘発するお薬ですから、“妊娠中に投与しない”のは当然と奇異に感じるかもしれませんが、実際は基礎体温が高いまま少量の性器出血を認めた場合、“月経のはじまり”なのか“妊娠初期の切迫流産徴候による出血”なのか迷うこともあります。こういう場合は、一応投与前に妊娠反応が陰性であることを確かめてから、お薬が投与されます。
頚管粘液の減少・子宮内膜の菲薄化
すでにお話ししたように、クロミッドには頚管粘液を減少させたり、子宮内膜を薄くする好ましくない作用があります。セキソビットにはむしろ頚管粘液を増加させたり、子宮内膜を厚くしたりする好ましい作用があります。
卵巣過剰刺激症候群
セキソビットではまず起こりません。クロミッドでも起こることは稀で、起こっても重症化することはありません。ただし、hMGを併用した場合は、卵巣過剰刺激症候群が発症する可能性がありますから注意が必要です。
その他
顔面紅潮感・悪心・嘔吐・頭痛・霧視・発疹などの報告がありますが、いずれも服薬を中止すれば改善します。
すでにお話ししたhMGとhCGが用いられます。hMGは閉経期婦人の尿から精製されるため、当初FSHとLHが等量含まれる製剤しかありませんでした。その後、副作用の卵巣過剰刺激症候群の頻度を下げるため、LHの含有比率を少なくする精製努力がなされた結果、現在では異なるFSH/LH比率の製剤が使用可能となっています(下表)。
また、hCG製剤には500,1000,3000,5000単位のものがあり、使い分けがなされています。 以下のような人がゴナドトロピン療法の適応となります。
1)第2度無月経でセキソビット・クロミッドでの排卵が初めから期待できない人。
2)第1度無月経であるがセキソビット・クロミッドで排卵しない人。
3)セキソビット・クロミッドで排卵するものの妊娠に至らない人。
4)高プロラクチン血症が正常化してもセキソビット・クロミッドで排卵しない人。
5)多嚢胞性卵巣症候群の人(ただし、卵巣過剰刺激症候群に注意が必要です)。
6)早発閉経の人(だだし、もともとFSH・LHは高値を示し、効果のないことも多いのが実状です)。
定量投与法・漸減投与法・漸増投与法・律動的皮下投与法などがあります。
![]() 消退出血(無月経の場合に薬剤で起こした出血)または月経の5日目よりhMG(FSH)製剤75〜150単位を連日筋注します。超音波卵胞計測と頚管粘液検査を行い、卵胞径:18mm、頚管粘液:0.2ml以上になった時点で、hMG(FSH)を中止してhCG
![]() 消退出血または月経5日目より、LH比率の少ないhMG製剤(FSH)を
225単位連日筋注します。主席卵胞(排卵する1番大きな卵胞)径を超音波で測定し、その大きさが10mmになった時点で150単位、14mmになった時点で75単位、16mmになった時点で37.5単位と徐々に減量し、主席卵胞径が18mm以上に達したらFSH製剤の筋注を中止して、hCG5000単位の筋注に切り換えます(井奥他、1998)。排卵を確認後、卵巣過剰刺激症候群を認めなければ、黄体機能維持のため1日おきにhCG3000〜5000単位筋注を高温相中期まで行います。 この方法の特徴は、自然排卵に近い血中FSH濃度変化を作ることによって、過排卵つまり多胎を予防することにあります。
![]() 消退出血または月経5日目より、hMG(FSH)製剤を75単位連日筋注します。15日たっても卵胞径が11mm未満であれば、112.5単位に増量し、さらに7日たっても卵胞径が11mm未満であれば150単位に増量し7日間投与します。卵胞径が18mm以上に達したらhMG(FSH)製剤の筋注を中止して、hCG5000単位の筋注に切り換えます。排卵を確認後、卵巣過剰刺激症候群を認めなければ、黄体機能維持のため1日おきにhCG3000〜5000単位筋注を高温相中期まで行います。
hMG(FSH)製剤の投与期間が合計4週間になっても卵胞発育がみられない場合は、治療を一旦中止しルテスデポーなどで消退出血を誘発し、新規まき直しをはかります。
次周期ではhMG(FSH)製剤の投与量を前回より37.5単位(1/2アンプル)増量し、112.5単位でスタートします(Kamrava
et al.1982)。
![]() 脳下垂体からのFSHの分泌は視床下部から分泌されるGnRHによって調節されています。GnRHはコンスタントに一定量が分泌されているのではなく、90分間隔の律動的分泌(間歇的にリズムをもって分泌)であることが知られています。そこで、この生理的なGnRHの分泌リズムにあわせてhMG(FSH)を投与しようというのがこの方法の特徴です。つまり、1日投与量を16分割し90分毎に投与します。
具体的には、hMG(FSH)製剤の1日投与量(75〜225単位)を生理的食塩水0.9mlに溶解し、3mlの専用注射器(ニプロCIセット)に吸引した後、携帯ポンプ(ニプロSP-3IT)に接続します。27ゲージという細い針を腹部皮下に刺入して律動的注入を開始します。卵胞径が18mm以上となった時点でhCG
5000単位の筋注に切り換えます(中村他、1989)。排卵を確認後、卵巣過剰刺激症候群を認めなければ、黄体機能維持のため1日おきにhCG3000〜 5000単位筋注を高温相中期まで行います。 卵巣過剰刺激症候群(OHSS:ovarian hyperstimulation syndrome)は排卵誘発剤を使用した場合の医原性疾患であり、1)卵巣腫大、2)血液濃縮、3)腹水・胸水の貯留などを起こし入院加療が必要で、重症化した場合は生命を脅かしかねない深刻な病気です。日本産科婦人科学会・生殖内分泌委員会の報告(2002)によれば、入院を要する卵巣過剰刺激症候群の発生は10万人あたり794〜1,502人で、およそ0.8〜1.5%の発生頻度であり、危機的状態に陥った最重症型の頻度は、10万人あたり0.6〜1.2人とされています。この疾患は、hMG製剤を用いて排卵誘発を試みた場合、排卵を誘発するのに必要な薬用量と卵巣過剰刺激症候群を引き起こしてしまう薬用量が極めて近似しているために起こります。
つまり、非常に“サジ加減”の難しい薬のために起こるわけです。 卵巣が腫大し、腹水が貯まることにより腹部膨満感・体重増加・腹囲増加が認められるようになります。次いで腹部膨満に伴う腹膜刺激によって下腹部痛・悪心・嘔吐が起こります。また、毛細血管の透過性亢進により血管外への水分・血漿成分の流出が引き起こされるため、血管内で血液の濃縮が起こり、のどの渇きや尿量の減少をきたします。さらに腸管での水分再吸収が障害されるため下痢になります。
したがって、hMG−hCG療法中にこのような症状が出た場合は、必ず受診して下さい。 まず、下表のような検査を行い、次いで日本産科婦人科学会・生殖内分泌委員会の分類に基づいて病状が把握されます。
排卵を誘発するために必要なhMG製剤の薬用量と卵巣過剰刺激症候群を引き起こしてしまうhMG製剤の薬用量が極めて近似しているため、残念ながら決定的な予防法はありません。ただし、最近ではFSH−GnRHパルス療法の予防効果が期待されてきています。
![]() 消退出血または月経5日目より、FSH製剤150単位を連日筋注し、超音波卵胞計測により主席卵胞径が11mmを超えた日からGnRHの律動的投与に切り換えます。ヒポクライン(合成GnRH)を携帯ポンプ(ニプロSP-3IT)を用いて2時間毎に20μg律動的皮下投与し、主席卵胞径が18mmに達したらhCG5000単位の筋注に切り換えます(桑原他、1995)。排卵を確認後、卵巣過剰刺激症候群を認めなければ、黄体機能維持のため1日おきにhCG3000〜5000単位筋注を高温相中期まで行います。
この方法は有意に卵巣過剰刺激症候群の発症頻度が低く、多胎妊娠が認められないとされています。 その他、遺伝子組替えFSH(フォリスチム)やGnRH-antagonist(GnRHの拮抗剤)が効果的と考えられますが、残念ながら保険適用がありません。 乏精子症の原因として精索静脈瘤・射精管狭窄・停留睾丸などがある場合は、泌尿器科手術の適応となりますが、頻度的には原因を特定できない特発性精子形成障害が最も多く認められています。
次のような治療が行われます(下表参照)。
A)血中FSH・LHが高値でない場合は、ゴナドトロピン製剤(hMG・hCG)や抗エストロゲン製剤(クロミッド)が用いられます。
B)高プロラクチン血症がある場合は、パーロデル・テルロン・カバサールなどのドパミン作動薬が用いられます。
C)血中FSH・LHが高値の場合は、非ホルモン療法として1)漢方薬、2)カリクレイン、3)ビタミンB12・C・Eなどが用いられます。
D)精子の運動率改善のためペントキシフィリン製剤を用いることもあります。
(「不妊症のケア」研修ノートNo.67,日本産婦人科医会,2001)
薬剤療法と平行して精液から運動性の良い良好精子を取り出し、濃縮して子宮内に注入する配偶者間人工授精(AIH)も行われます。
当初、配偶者間人工授精(AIH:Artificial Insemination with Husband's semen)は精液をそのまま子宮内に注入する方法がとられてきましたが、受精能を有する運動性良好精子だけを精液から取り出して、より確実なAIHを行うためにSwimup法、希釈遠心法、パーコール法・シリカ法(単層法・クッション法・2層法・多層法・攪拌密度勾配法)、Glasswool法など精子調製法にさまざまな工夫がなされてきています。
最近では、密度勾配分離液と精子洗浄液(培養液)を組み合わせた各種精子調製キットが販売されていて、簡便に精子を調製することができるようになってきています。 単層攪拌密度勾配法による精子の調製
また、AIHには通常の子宮内注入の他に子宮鏡を用いて卵管内に注入する方法もあります。
配偶者間人工授精(AIH)で妊娠に至らない場合は、体外受精・胚移植、顕微授精などの生殖補助医療(ART:
Assisted
Reproductive Technology)の対象となります。
無精子症には、精子形成を認めるが精路に障害のある閉塞性無精子症と精路に通過障害を認めないが精子形成の喪失あるいは極端な低下のある非閉塞性無精子症があり、治療方針が大きく異なります。いずれにしろ、診断・治療は泌尿器科に委ねられますが、閉塞性無精子症の場合は、外科的形成(修復)術が第1選択となり、手術不能例・不成功例では生殖補助医療(ART)の対象となります。非閉塞性無精子症の場合は治療方針が立てづらく、以前は絶対不妊として非配偶者間人工授精(AID)の適応と考えられてきましたが、最近では顕微鏡下精巣精子採取術により、ある程度の成果が期待できるようになってきています。
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